2013-08-19

Close-Up 中島千波

岐阜県の根尾村にある江戸彼岸桜咲き始めは淡紅色の花が、満開を迎えるにつれ淡い墨色に変わるため、この名がつけられた。樹高17.2m、幹囲9.1mの 偉容を誇る、国指定の天然記念物でもある日本三大桜のひとつ。樹齢は1500年余りともいわれ、迫害からこの地に逃れた継体天皇が、ついに皇位を継承し都 に戻る折、「身の代と 遺す桜は 薄住よ 千代に其の名を 栄盛へ止むる」という和歌を添えてこの桜を植えられたという言い伝えも残っている。昭和24年 に根つぎして枯死寸前の樹を生き返らせた話は有名である。見頃は例年4月10日前後。


淡墨桜 30号P 1983年

中島千波のひとこと

たしか1982年だった思いますけれど「淡墨桜」の話を聞いて、すぐ写真集を買いました。もともと桜自体は嫌いではなかったから、ますます好きになっていました。
淡墨には圧倒されました。古木の凄さみたいなものに感動して、自然に桜の前に行ってしまう。そういう力を持っていましたね。初めは岐阜の知人に案内され て行ったのですが、とにかく魅了されてしまったというか、自然に何度も行くことになりました。

桜の花が特別のものだという印象は花のつき方にあるかもしれません。ちっちゃな花が、ちっちゃいけれど形の整った花が 房咲きになって、その房咲きがまた枝々のことごとくに、鈴なりという以上にびっしりとつくわけです。あふれこぼれるように咲き出るところが生命力と結びつ いた魅力でしょう。
花を見ているときはほとんどの人は幹を見ていません。桜見物って桜の花を見ることですから。咲いていないときに行ったら、「なに、これ?」って、そういう感じでしょう。咲いていてはじめて皆に認識されるのが桜ですね。
それに桜って日本の気候風土に合って、古来から自生している木です。日本人のアイデンティティの中に桜が入っているのではないでしょうか。桜が咲くころ はまだ寒いんですけれど、梅見のときとは明らかに違って、これからもっと暖かくなって暮らしやすくなるという前触れみたいで心浮き立つではありませんか。 なにとはなしに浮かれてしまう魅力があります。<「さくら図鑑」デッサンと作品シリーズ(求龍堂)より>

梅、桃、桜が一時に開花するといわれる福島県三春町の名木で日本三大桜のひとつ。樹高12mの巨木で、例年4月の中旬から下旬にかけての見頃の時期には、 無数の花が咲き乱れ、「瀧桜」の名にふさわしい見事な様相を呈する。その美しさは日本一との呼び声も高い。江戸時代初期、秋田俊季が三春藩に転封されたと きには、すでに相当の大木となっていたという記述が残されている三春の瀧桜。樹齢は1000年以上と伝えられている。国の天然記念物。


瀧桜 30号P 1983年

中島千波のひとこと

三春の瀧桜には、淡墨桜の次くらいの頻度で会いに行っています。この花の色は、背景になる空の色、空気の色でもって変 わるという印象です。1輪ずつ花は白に近いのに、全体を見るとピンクに見える。染井吉野は大きな花びらだから先の方がピンクがかっていたりするとそれが集 まったときの色みはピンクが強いものになる。桜色とひとことでいっても、非常に色が違うから面白い。名前の付け方きれいで、淡墨桜とか、瀧のようにざ あーっとながれるように咲くので瀧桜とか、すごいセンスです。
瀧桜は夜のライトは当てさせません。夜は桜も寝るんだからと言って。京都の円山公園の桜は、若い木だし観光用と割り切っていますから煌々とライトを照らしていますけれど。<「さくら図鑑」デッサンと作品シリーズ(求龍堂)より>

山 梨県武川村、日蓮宗の実相寺境内南側にある江戸彼岸桜。樹齢2500年ともいわれる老巨木で、日本三大桜のひとつに数えられている。日本武尊が東征の折 に植えたという伝説からその名が付けられた。頭頂部などはすでに失われてしまい樹高は2.5mとなっているが、幹囲は10mにもおよぶ。幾星霜、風雪に耐 えてきたであろうその姿は、他を圧倒する迫力さえ感じさせるもの。4月上旬から中旬にかけて見頃となる。国指定の天然記念物。


山高神代櫻 50号P 1998年

中島千波のひとこと

桜の花をこうして絵にするということは、考えてみると不思議です。ぱちっと写真を撮ればそのまんまのものが撮れるわけ ですから。そうした時代に、こうして1枚1枚の花びらを描いて絵にするということを、馬鹿げているということもできるし、凄いことだということもできる。 物事の中にはいつも相反するものがある、二極あるというのが面白いです。
絵が人を感動させられるとしたら、描く人間の精神状態が相当に強いからで、それが絵の中に出てくるからだと思います。そのためにはやはり実際に木の傍へ 行って古木の桜をスケッチし、その感動を自分の中に引き込み、それを蓄えておくことしかないように思います。僕も蓄えを求めてスケッチをしに行っているの かもしれません。<「さくら図鑑」デッサンと作品シリーズ(求龍堂)より>

岐 阜県宮村の古刹・大幢寺の境内にある江戸彼岸桜。推定樹齢は約1100年ともいわれる。昭和48年に国の天然記念物の指定を受けた。樹高15m、目通り の幹囲は7.3m。一度折れてしまった一本の枝が地面を這ってまた立ち上がる、左右に伸びた見事な枝ぶりが、あたかも龍の姿を想起させることから「臥龍 桜」の名が付けられた。雪深い地方にあるため開花は遅く、例年4月25日前後が見頃となる。満開の時期には、近くを走るJR高山本線の特急列車もスピード を落とし、車中からもその姿を堪能することができる。


臥龍桜 30号P 1986年

中島千波のひとこと

同じ木を同じ方向から描いているのにバックが違うというようなことは、よくあります。臥龍桜の背景は正確に描けば、境内 ですから寺の建物や庫裏が見えてあまりきれいではありません。そのようなときは、描いても無意味だと判断すれば描きません。描き込んでいる絵もあります が、概して僕は人工的なものは描き入れません。スケッチのときはかなりきちんと描いていても、絵にしたときには人工的なものは排除してしまっています。 <「さくら図鑑」デッサンと作品シリーズ(求龍堂)より>

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